銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

出生その13 松茸

村の周りにはアカマツの生えた広い松山があり、10月末日までは山の持ち主や持ち主から入ることを許された者だけが、松茸を採ることが許された。11月1日以降は、持ち主以外の者でも自由に松茸を採ることが許されるというのが、村の慣習である。
松茸は、シロといって、直径2〜10メートルの円形の線の上に生える。
父は、毎年松茸が生えるシロを知っていて、1万坪の山でも、松茸のシロがあるところだけ、2〜3時間で回り、籠一杯の松茸を収穫した。他にもスドシやシメジなど食用のキノコがあったが、父は、専ら、松茸ばかりを採っていた。
松茸のシロのところに行くと、父が「このあたりを探してごらん」というので、5〜10メートル四方をくまなく探すと、大きな傘の松茸や、まだつぼみの松茸が採れる。つぼみの松茸は、味が良く、虫に食われている確率も低いので重宝した。松茸は、虫も好きなのか、半分くらいの松茸には小さな虫が居た。
松茸の食べ方にはいろいろあるが、松茸ごはんや焼き松茸が主流であった。それでも食べきれないので、すき焼きに入れたり、おつゆの具に入れたり、最後には佃煮にした。
松茸が山で採れるには、山の手入れが不可欠である。松山の下草を刈ったり、立ち枯れた木を切って割木にする。また、松葉の枯れ落ちたものをゴモクというが、これをかき集めて持ち帰り、かまどの付け火の材料にした。
このように山の手入れをしていると、松茸はよく採れる。
しかし、今ではガスが燃料となり、かまどは使わなくなり、割木も買う人はいない。そうすると、アカマツ林は、荒れ放題となり、ゴモクは厚い層となり、松茸の生育を妨げる。立ち枯れの松もそのまま放置するので、やがて倒れて朽ちていく。
北朝鮮などで、松茸がよく採れるのは、燃料が足りないので、昔の日本と同じく、松山の手入れが行き届いているためではないかと、勝手に想像する。

父が秋に入院したとき、私と兄の2人で松茸を採りにアカマツ林に入ったことがある。いつも父がこの辺りだと言っているシロを探したが、全く見つからなかった。4時間ほど松林を探し回ったが、結局1本の松茸も採れなかった。シロは誰にも教えないと聞く。父も見落としているシロがあるのかもしれない。