銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

出生その15 割木

我が家は、山をいくらか所有していたが、5反百姓の専業農家だったので、副業として割木を作り、これを売って生活費の足しにしていた。
赤松林に行き、立枯れの松を見つけ、これを切って、リヤカーに乗せて家まで持ち帰る。これを尺二(36cm)又は尺五(45cm)にノコギリで切り、それをヨキ(マサカリ)で割り、直径30cmくらいの束に括り、割木にする。1週間に100束〜200束の割木ができたであろうか。2週間に一度くらいトラックが来て、割木賃を支払い、割木を荷台に山のように積んで町に持ち帰る。
割木は、方々の家でかまどにくべる燃料として利用される。私たち子供は、学校が休みの日には毎日山に行き、割木の元の立枯れの木を担いで、リヤカーまで運び、リヤカーを押して家まで帰った。
家に帰ると、ノコ引き、割木割りなどの仕事が待っている。割木を縛る縄も子供たちが皆で綯った。母は、私たちが手伝いをすると、山行や割木割りなどの仕事を手伝うたびに1日5円の駄賃をくれた。縄は1把3円だったと思う。山行や割木割りで1日働いて5円なので、もったいなくて、とても駄菓子を買うことなどはできなかった。結局、何も使わずに貯めるばかりだった。もちろん物価も安く、高卒初任給が月額4000〜5000円程度のころである。