銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

高校16 進級と模擬テスト

 昭和39年4月に、高校3年生に進級した。クラスは文科系で、ガラクタグループ(田中、井上、小野、谷村、須恵)は、全員同じクラスになった。
 同じクラスで、勉強ができる一群があった。岡本嗣郎、池谷、土居であり、勉強グループと呼んでおこう。彼らは、全員京都大学を目指していた。しかし、私は、京都大学を目指しているとはおこがましくて言えなかった。
 この中で、土居が、私たち5人のグループのことを「ガラクタグループ」と呼んだのが始まりである。高校3年生にもなりながら、遊びまわっている馬鹿なグループという意味であろう。このシリーズでガラクタグループという名前を2〜3度使ったが、正確には高校3年の1学期に土居が言い始めたのが最初である。

 高校3年生1学期の5月末ころ、全校模擬テストがあり、成績50番以内の順位と名前が廊下に貼り出された。そのとき、私は、11番でクラスではトップの成績になった。
 以前、全校生徒400人のうち、模擬テストで25番以内であれば京都大学、60番以内であれば大阪大学神戸大学に現役合格できる成績であることは、高校14で述べたとおりである。したがって、一応京都大学に現役合格できる成績ではある。
 この模擬テストの成績に最もびっくりしたのは、勉強グループの3人である。
特に、土居は、「お前、どこの大学に行くつもりや」というので、「一応、京大に行きたいと思うてる」というと、「当然、京大行けるやんか。それなのに、いつまで、ガラクタグループにいるんや。こんな成績を取れるんやから、本気になって勉強したらどうや」と言ってくれた。
 嗣郎も「いやあ、ホンマにびっくりした。清がこんな成績取るなんてなぁ。正直、悪いけど無茶苦茶、成績が悪いと思うてた」と言っていた。そして、この日を境に、勉強グループの3人から親しく話し掛けてくれるようになった。
 驚いたのは、ガラクタグループのメンバーも同じである。井上や谷村から「今まで、一緒に遊びまわっていた田中がこんな成績取るなんて。いつ、どこで勉強してたんや」と口々に言われた。
 しかし、土居が言うとおり、ガラクタグループとの訣別は決断しなければならないときだった。井上と小野には「もう、高3やから、これまでみたいに遊べへん。入試勉強をするからな」と言ったところ、井上と小野は、「付き合いの悪い奴やけど、頑張って京大に行けや」と開放してくれた。谷村と須恵は、そろそろ勉強したいと思っていたらしく、全く抵抗はなかった。
 弁護士 田中 清(弁護士法人銀座ファースト法律事務所)