銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

尼崎その10 裁判官と調査官の役割

 少年審判に携わるのは、裁判官、裁判所調査官、裁判所書記官の3種類の職があります。このうち、裁判所書記官は、調書を作ったり、記録を作成管理する仕事ですので、直接少年に係るのは、裁判官と裁判所調査官です。裁判所調査官は、罪を犯した少年と面接し、家庭環境を調査し、なぜこの少年がこのような犯罪を犯すに至ったのかを掘り下げて検討します。そして、調査官の検討の結果を受けて、最終的には裁判官が処分を決めます。
 よく、裁判所で、裁判所調査官は母親の役割、裁判官は父親の役割を果たすと言われています。裁判所調査官は、少年と面接する機会も多く、よく話もしますので、どうしても情が移り、少年の味方をしてしまいます。この点、1人の裁判官は、1人の調査官の10倍ほどの事件を抱えていますので、事件についての見方は客観的になり、少年犯罪を冷静に見ることができます
 私も、1年間少年審判を担当して、裁判所調査官と裁判官の役割がなるほど上記のようなものであると何度も思いました。
 私は、刑罰には①応報的側面と②教育的側面があると思っています。昔は、私的な復讐権がありましたが、現在では仇討や復讐は認められておりません。いわば、国家が被害者に代わって復讐をするのです。したがって、①の応報的側面(復讐的側面)は、無視できない側面なのです。また、少年事件ですので、①の応報的側面ばかりで判断することもできません。少年は、まだ人格の形成途上でありますし、罪を犯した少年は、恵まれない家庭に育った少年が多いのです。
 このような中で、私は、傷害致死事件を犯した18歳のA少年のことが今でも忘れられません。A少年は、普段から素行が悪いという少年ではありません。どちらかというと、真面目な少年という印象でした。A少年が職場で飲酒していたとき、先輩のB(21歳)からからかわれ、喧嘩になってしまい、護身用に持っていナイフで、Bを刺殺してしまったのです。警察では、喧嘩の上の被害者の死亡ですので、傷害の故意をもって、致死の結果を生じたとして傷害致死罪の適用をして、送致してきました。
 担当の裁判所調査官は、少年鑑別所にも何度も行き、少年の両親とも面会をしました。その結果、「少年は、本当に深く反省しています。少年の両親も、被害者の損害を賠償し、何とか軽い刑になるように願っています。私もこの少年は、偶発的に犯行を犯しましたが、きっと立ち直れると思います。前歴もありませんし、保護観察処分でもよいと思います。」との意見でした。
 私は、「余りにも結果が重すぎます。人ひとりが死んでいるのですよ。少年事件では教育的側面を重視すべきだとは思いますが、この事件こそ応報的側面も無視できないと思います。奈良少年院に送りましょう」と言って、裁判所調査官とも激論の末、少年院送致としました。
この事件ほど、裁判官の父親的役割と裁判所調査官の母親的役割を意識したことはございません。

 少年院に送致して、3か月後、奈良少年院のA少年を訪ねました。A少年は、「少年院に送ってもらって良かったと思っています。そうでなければBさんに対する罪の重さに耐えきれなかったかもしれません。少年院のご好意で、私は、週に2回、牧師さんの説教を聞かせてもらっています。本当にありがたいです」とのことでした。私も、笑顔で「元気で頑張っているようで嬉しいです。これからも身体に気を付けて頑張ってください」と言いました。
 私は、最後に奈良少年院の教職員と面会しました。
 その教職員は、開口一番「A少年は、私がこれまで見たことがないほど、模範的な入所生活を送っています。素晴らしいです。おそらく、人の命を奪ったことは、彼が一生償うべきことですが、彼はその覚悟ができていると思います。少年院は、通常1年3か月ですが、私は、彼の場合は特別に10か月で出しても良いと思っています」とのことでした。私は、「是非そうしてあげてください。この少年院の歴史に残る例外を作ってください。彼は、その例外に当たる人物だと思います」と述べて、少年院を後にしました。

 弁護士法人銀座ファースト法律事務所 弁護士 田中 清