銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

大学その14 高地旅行

 1年生の終わり、嗣郎と土居は、共に早稲田大学法学部に合格した。しかし、残念ながら、京大法学部は、2人とも不合格だった。
 そこで、2人とも早稲田大学法学部に入学することになったお祝いに、私、池谷、嗣郎、土居と嗣郎の弟の康の5人で、四国に合格旅行に行くことになった。高知は、土居の両親の出身地で、土居も小学生までは高知で暮らしていたらしく、高知弁を上手に話していた。
 最初に泊めていただいた土居の叔父さんの家で、皿鉢(さわち)料理をご馳走になった。大きな皿2杯にそれぞれ一杯のご馳走が盛られていて、それは豪華なものだった。
 叔父さんの言葉で今でも覚えているのは、「これからは、高知に親戚ができたと思っていつでもいらっしゃい」と言ってくれたことだった。非常に暖かい歓迎の言葉だと思った。
 話しがはずんで、博打の話になった時、叔父さんは、「私は、パチンコが大好きだ。しかし、1日500円以上は絶対に使わないようにしている。負けたときは、500円できっぱりと切り上げる。勝っているときに、最後までやっていると必ず負ける。パチンコは引き際が大切だ。私は、箱に2杯ほど溜まった時は、今日はここが引き際だなと思って引き上げることにしている。このようにしてパチンコをやると、余り大負けすることもなく、楽しくパチンコができる。大体、駅前の一等地で、何台もパチンコ台を入れて、人を何人も雇って、照明をあかあかと点けるなど、ずいぶん金を掛けている。そんなパチンコ屋で勝てるはずがない。楽しもうと思わなければパチンコなんてやめた方がいい。」とおっしゃった。私は、博打の真髄を聞いた気がして、それからの私の博打人生でそれが土台になった。

 次の日に、全員で龍河洞という鍾乳洞に行ったが、このとき土居の従妹のM子さんが同道してくれた。M子さんは、高校3年生くらいだっただろうか。なかなか可愛い魅力的な女性だった。私たち受験から解放された4人は、心の底からはしゃいでいた。
土居が途中で、M子さんに聞いたという。「あの3人はどうや」と……。M子さんはしばらく考えて、「池谷さんは『真面目』。清さんは『素朴』。嗣郎さんは『私の好きなタイプ』」と言ったという。これを聞いた嗣郎は、非常に喜んで、それから何度も何度も繰り返して言った。私も、池谷が「真面目」、私が「素朴」と言われたことが何となく当たっていると思った。
 高知の朝市、夜の高知城見学、桂浜と坂本龍馬像も印象に残っている。

 高知を後にして、松山に向かった。ここでは、嗣郎の友達の京大受験をしていた友達の家を訪ね、泊めていただいた。おそらく、予備校のときの友達だと思う。彼は、京大を不合格になり、2浪をすると聞いていたので、実に重苦しい一夜だった。
 それでも、5人は当時流行だった加山雄三の歌を繰り返し歌い、「寿限無」の落語を暗記したり、トランプをしたりして、実に楽しい旅行を続けた。ここでは、松山城道後温泉、お菓子のタルトが印象に残る。
 弁護士 田中 清