銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

即日起案の後日談

 即日起案は、後々の法曹生活、特に裁判官生活において、スピーディな仕事をする方法を学んだことで、非常に自信になったということは、前ブログで書いたとおりである。
 後日談であるが、裁判官になって8年くらい経ったとき、友人の裁判官の家を訪ねたことがあった。その人は、本棚の上に22冊もの起案していない終結事件を積んでいた。その人が転勤する2カ月くらい前だったと思う。「田中さん。転勤までに、あの事件を全部書かなければならないんです」とおっしゃっていた。私は、「どうしてここまで溜められたんですか」と聞くと、「見ただけで溜息が出て、手が付かないんです」と弱々しくおっしゃった。

 1つ1つの事件に、判決を待ち望んでいる当事者の人たちが居る、事件を溜めるのは自分にもストレスになると同時に、当事者にも非常に迷惑を掛ける、何よりも、その仕事のために国民の税金をもらっているのだから、当事者に迷惑を掛けることだけはしてはならないと、改めて思ったものである。
 私であれば、ここまで溜める前にどんなことをしても、結論を出しただろう。

 しかし、ここまで溜まった以上、私なら、次のようにするだろう。
 まず、今後は、事件を終結しないで22件の判決起案に没頭する。具体的には、あとの土日と宅調日は、すべて起案に使う。即日起案すれば、22件は、ぎりぎり処理できると思う。
 判決起案をするうちに、和解に適すると思う事件があれば、口頭弁論を再開し、和解を勧告する。簡単に和解ができないときは、続行し、さらに後任者に引き継ぐ。そのようにすれば、少し余裕を持って引っ越しの支度もできるかもしれない。

 私は、友人の裁判官に、次のように話した。
 「本当に大変ですね。まず、新しく事件を終結しない方がいいですよ。後任の裁判官に任せたらいいのですから」というのが精一杯であった。
 転勤の2日前に、その奥様が妻に「主人は、引っ越しの支度も私に任せて、ずっと判決を書いています」とおっしゃっていたという。
 転勤の挨拶にお見えになったとき、「田中さん、新しく事件を終結せず、相当数を裁判長が事件を引き受けてくれましたので、なんとか全部処理できました」と晴れやかな顔でおっしゃっていたのが印象的だった。

 残念ながら友人の裁判官は、それから8年後にガンで亡くなられた。おそらく、ストレスを相当抱えながら、仕事をされていたことで、ガンを発症されたのであろう。
 私は、弁護士になって、ある要因とガンの発症との因果関係が争われた事件を担当したことがあり、そのとき、ガンの本を数冊読んだが、ガンの原因は、加齢とストレスではないかと確信した。その確信の要因として、友人の裁判官の姿が浮かんだことはいうまでもない。

  弁護士 田中 清(弁護士法人銀座ファースト法律事務所)