銀座ファースト法律事務所所長のつぶやき

弁護士田中清のブログ。最近気になることや、趣味のことなど雑記。

金沢27 職員の父親の葬儀

 金沢に赴任して次の年のことでした。
 総務関係のA事務局長が民事部の部屋に来て、「民事部のB書記官の父親が2日前に亡くなられ、明日葬式だということです。本来所長が行ってほしいのですが、所長は所用で行くことはできません。民事部の中で、どなたか行っていただけませんか」ということでした。
 加藤裁判長は、「困ったなあ。明日は開廷日で、一杯事件が入っているんですよ。他の方はどうですか」と右陪席の2人の方に声を掛けられましたが、誰も都合が良いとはおっしゃいません。
 加藤裁判長は、「田中さんはどうですか」とおっしゃいますので、「私は空いていますが、こんな私でよろしいのでしょうか」と言いました。
 「いいですよ。裁判官が誰か行ったら、職員は喜びますよ」ということでした。
 次の日、A事務局長が公用車を準備して下さり、C首席書記官、D主任書記官と一緒に、B書記官宅に向かいました。

 B書記官宅は田舎の大きい家で、約20畳もある大きな部屋で、10数個もの火鉢を囲んで40人くらいの人が話をしていました。
 B書記官が私の姿を見つけて、「判事さんどうぞこちらへ」と言って最前列の火鉢の横に座らせられました。
 やがて、僧侶の読経が始まり、親族の焼香が始まりましたが、いきなり「金沢地方裁判所長殿」と呼ばれました。
 全員の視線が私に集まります。私は、当時25歳で、前髪を下したガリガリの体型です。どう見ても大学生にしか見えないでしょう。「ええーっ。あの人が金沢地方裁判所長なの?」という視線です。焼香を済ませて自席に戻りましたが、早くこの場から離れたいと思いました。「せめて、『金沢地方裁判所所長代理殿』と言ってほしかったなぁ」と思ったものです。

 裁判官室に帰って、加藤裁判長に正直に恥ずかしかった思いを伝えましたところ、「田中さん、いいことをされましたね。職員にとっては、裁判官が来ると来ないとでは気持ちが随分違うのです。きっと感謝していると思いますよ」とおっしゃっていただきました。
 次の日、B書記官が部屋に来て、「田中判事さん、昨日はありがとうございました。お蔭さまで葬儀も無事に終わりました」とおっしゃったので、「いやぁ、私で申し訳ございませんでした。」と伝えますと、「とんでもないですよ。来ていただいただけでも本当にありがたかったです」と言われて、やっと胸のつかえが下りました。

弁護士 田中 清(弁護士法人銀座ファースト法律事務所)